LayerXのAI推進体制を徹底分析:「Bet AI」で企業向けプラットフォームを実現する組織の秘訣

田中 慎

田中 慎

CEO / PM / Vibe Coder

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LayerXのAI推進体制を徹底分析:「Bet AI」で企業向けプラットフォームを実現する組織の秘訣

📋 AI組織レビューとは

企業のAI推進体制や取り組みを分析し、他の企業にもわかりやすく伝え、AI推進を支援することを目的とした企画です。本記事は、その第5弾として、法人支出管理サービス「バクラク」と生成AIプラットフォーム「Ai Workforce」を展開するLayerXの組織体制を徹底分析しました。

この記事で伝えたいこと(結論)

LayerXのAI推進の最大の特徴は、「Bet AI」というコミットメントのもと、AI・LLM事業部を独立させたプロダクト開発体制です。2023年11月にAI・LLM事業部を設立し、2024年6月には大手企業向け生成AIプラットフォーム「Ai Workforce」をリリース。MUFG銀行や三井物産など、大企業での導入実績を積み重ねています。

本記事では、LayerXのAI推進体制を組織図から具体的な施策まで徹底分析し、他社が参考にできる実践的なポイントを抽出します。

重要: LayerXは「Bet AI」、つまり全社を挙げて生成AIに積極投資する方針を明確にしています。これが組織体制にも反映されています。

誰向けの記事か

  • 経営者・役員(エンタープライズ向けAI事業を検討中)
  • AI推進担当者(大企業向けAI導入支援に関心がある)
  • CTO・技術責任者(LLM技術の事業化を推進したい)
  • プロダクトマネージャー(エンタープライズ向けAIプロダクト開発に携わる)

本記事のポイント

  1. AI・LLM事業部の独立: 専門組織として事業化を推進
  2. エンタープライズ特化: 大企業の業務変革を支援するAi Workforce
  3. 複数の専門チーム編成: LLM、コンサルティング、プロダクト、BizDevの4チーム体制
  4. マイクロソフトとの連携: 開発・営業での戦略的パートナーシップ
  5. 全社的なAI活用: 内製ツール「Sales Portal」による業務効率化

次章以降で、LayerXの組織構造と具体的な施策を詳しく見ていきます。

LayerX企業概要とAI推進の背景

LayerXは、法人支出管理サービス「バクラク」と生成AIプラットフォーム「Ai Workforce」を展開するスタートアップ企業です(公式サイト)。「すべての経済活動をデジタル化する」というビジョンのもと、企業や行政のデジタル化を推進しています。

企業プロフィール

LayerXは、2018年8月設立のSaaS企業です(代表取締役CEO: 福島良典氏、代表取締役CTO: 松本勇気氏)。従業員数385名(2024年10月末時点)、資本金132.6億円(準備金含む)を擁し、バクラク事業とAi Workforce事業を両輪で展開しています。

AI・LLM事業を本格化した背景

LayerXがAI・LLM事業を本格化した背景には、以下のような認識があったのではないかと推測されます。

  • LLM技術の成熟: 大規模言語モデルがエンタープライズ業務に実用的なレベルに到達
  • 大企業の業務変革ニーズ: ドキュメントワークの効率化という明確な課題が存在
  • バクラク事業での知見: 法人向けSaaSの開発・運用ノウハウを活用
  • 経営層の強いコミットメント: 「Bet AI」として全社を挙げてAIに投資する方針

LayerXのAI推進組織体制

LayerXの組織は、AI・LLM事業部を独立させ、バクラク事業と並ぶ主要事業として位置付けています。AI・LLM事業部は、LLM、コンサルティング、プロダクト開発、BizDevの4つの専門チームで構成されていると考えられます。

全体構成の俯瞰図

LayerXのAI推進組織は、以下のような構造になっていると推測されます。

※ 以下は公開情報から推測し、体制を構造化したものです

LayerX
│
├─ 経営層
│   ├─ 代表取締役CEO: 福島良典氏
│   └─ 代表取締役CTO: 松本勇気氏
│
├─ バクラク事業
│   └─ 法人支出管理サービスの開発・運営
│
├─ AI・LLM事業部(2023年11月設立)
│   │
│   ├─ LLMチーム
│   │   │
│   │   ├─ 顧客業務ドメインの深い理解
│   │   │   ├─ 各企業の業務プロセス分析
│   │   │   ├─ ドキュメントワーク調査
│   │   │   └─ 課題の特定・優先順位付け
│   │   │
│   │   ├─ AIワークフローの構築
│   │   │   ├─ 業務プロセスに最適化したワークフロー設計
│   │   │   ├─ LLMプロンプトエンジニアリング
│   │   │   ├─ RAG(Retrieval-Augmented Generation)実装
│   │   │   └─ 精度検証・チューニング
│   │   │
│   │   └─ 継続的な改善
│   │       ├─ 利用データの分析
│   │       ├─ フィードバック収集
│   │       └─ モデル・ワークフローの最適化
│   │
│   ├─ コンサルティングチーム(PjMチーム)
│   │   │
│   │   ├─ 大企業向け導入コンサルティング
│   │   │   ├─ 業務ヒアリング・課題分析
│   │   │   ├─ AI活用方針の策定
│   │   │   ├─ 導入計画の立案
│   │   │   └─ 効果測定・ROI算出
│   │   │
│   │   ├─ 実装支援
│   │   │   ├─ システム導入プロジェクト管理
│   │   │   ├─ ユーザートレーニング
│   │   │   ├─ 運用体制構築支援
│   │   │   └─ トラブルシューティング
│   │   │
│   │   └─ セキュリティ・コンプライアンス対応
│   │       ├─ 企業ポリシーへの適合
│   │       ├─ データガバナンス設計
│   │       └─ 監査対応
│   │
│   ├─ プロダクト開発チーム
│   │   │
│   │   ├─ Ai Workforceプラットフォーム開発
│   │   │   ├─ コア機能開発
│   │   │   ├─ UI/UX設計・実装
│   │   │   ├─ インフラ・スケーラビリティ
│   │   │   └─ セキュリティ対策
│   │   │
│   │   ├─ 機能拡充・ユースケース開発
│   │   │   ├─ 新機能の企画・開発
│   │   │   ├─ 業界別ソリューション
│   │   │   ├─ 外部サービス連携
│   │   │   └─ カスタマイズ対応
│   │   │
│   │   └─ 品質保証・テスト
│   │       ├─ 機能テスト
│   │       ├─ パフォーマンステスト
│   │       └─ セキュリティテスト
│   │
│   └─ BizDevチーム
│       │
│       ├─ 価値創造・ユースケース開発
│       │   ├─ 市場調査・分析
│       │   ├─ 新規ユースケース発掘
│       │   ├─ パートナーシップ構築
│       │   └─ 事業化検証
│       │
│       ├─ エンタープライズセールス
│       │   ├─ 大企業向け営業活動
│       │   ├─ 提案資料作成
│       │   ├─ PoC・実証実験支援
│       │   └─ 契約交渉
│       │
│       └─ マーケティング
│           ├─ カンファレンス開催(生成AI/LLMをテーマ)
│           ├─ 事例発信
│           ├─ セミナー・ウェビナー
│           └─ コンテンツマーケティング
│
└─ 全社的なAI活用
    │
    ├─ 内製ツール「Sales Portal」
    │   ├─ 営業生産性の倍増を目指す
    │   ├─ 生成AI機能の統合
    │   └─ 業務効率化
    │
    └─ 「Bet AI」方針
        ├─ 顧客業務・セキュリティ要件に問題ない範囲で積極活用
        ├─ 社内業務プロセスへのAI組み込み
        └─ AI活用文化の醸成

AI・LLM事業部の役割

2023年11月に設立されたAI・LLM事業部は、「Ai Workforce」という生成AIプラットフォームの開発・提供を通じて、大企業のドキュメントワーク効率化を支援しています。

主な特徴としては、以下のようなものが推測されます。

  • エンタープライズ特化: 特定の大企業顧客に限定してサービス提供
  • マイクロソフトとの連携: 開発・営業で戦略的パートナーシップを構築
  • ローコード・ノーコード: 技術者でなくても業務プロセスを自動化可能

LLMチームの役割

LLMチームは、顧客の業務ドメインを深く理解し、各企業の業務プロセスに最適化したAIワークフローを構築する役割を担っています(参考: 新卒目線で見たAI・LLM事業部)。

具体的には、以下の3つの専門職種で構成されています(参考: AI・LLM事業部採用ページ)。

  • リサーチエンジニア: AI/LLM技術の研究・検証、プロダクトへの技術統合
  • ソフトウェアエンジニア: 大規模言語モデル製品の開発、AIワークフローの実装
  • AI Solution Engineer: 企業顧客へのAIソリューション提供

チーム編成としては、少人数(数名)のチームで1つの顧客プロジェクトを担当し、以下のような業務を行っています。

  • 業務プロセスの徹底的な理解: 各企業の業務フローを詳細に分析
  • AIワークフロー設計: プロンプトエンジニアリング、前処理設計を含むカスタマイズワークフロー構築
  • 顧客ごとの実装: 汎用的なツールではなく、企業の業務に最適化したAI処理機能を開発
  • LLM出力の不確実性への対応: AIの出力精度を高めるための継続的な改善

コンサルティングチーム(PjMチーム)の役割

コンサルティングチームは、「実装コンサルタント」と「テクニカルプロジェクトマネージャー(Tech PM)」の2つの役割で、大企業が生成AI技術を活用するために必要な支援を提供しています。

実装コンサルタントは、顧客のビジネスルールや暗黙知をAI用のプロンプトや前処理に変換する役割を担います。具体的には、以下のような業務を行っています。

  • 業務分析・ワークフロー設計: ドキュメント処理業務の分析、AI自動化と人間判断のバランス設計
  • プロンプト設計: 顧客の業務ルールや暗黙知をAIが理解できる形に変換
  • 検証性の確保: AIの出力が確認・修正しやすい設計
  • 顧客・エンジニア間の調整: スムーズな実装のための橋渡し

テクニカルPMは、各企業のIT・システム構築ルールに対応しながら、スタートアップのスピード感でプロジェクトを推進します(参考: テクニカルプロジェクトマネジメント)。

  • システム環境設計: マルチテナント/シングルテナント環境の設計、ネットワーク・セキュリティアーキテクチャ構築
  • クラウドアーキテクチャ: 最適なクラウド構成設計、DevOps環境構築
  • ステークホルダー調整: エンジニアチーム、ビジネスチーム、顧客代表者間の調整
  • 企業IT規則対応: 各企業固有のIT構築ルールやコンプライアンス要件への対応

プロダクト開発チームの開発プロセス

Ai Workforceの開発は、2024年1月から本格化し、2つのスクラムチームに分けて進められています(参考: Ai Workforceの開発を支えるチーム)。

開発プロセスの特徴は以下の通りです。

  • 1週間スプリント: 計画からリリースまで1週間サイクルで実施
  • 役割横断的な責任: 厳密な役割分担よりもスピードを優先し、ソフトウェアエンジニアがアーキテクチャ設計からフロント/バック実装、テストまで担当
  • SRE体制: 専任SREは1名のみで、他のエンジニアとSRE業務を分担
  • 隔週リファクタリング日: 2週に1度、全日を使ってリファクタリング、テスト、ドキュメント整備、開発環境改善を実施
  • 品質へのこだわり: チーム全体で品質を担保する文化

また、新機能開発時には、別途プロトタイプチームやR&Dチームを編成することもあります。エンタープライズ品質と仮説検証スピードの両立、最新の生成AI技術の継続的な統合が、開発における重要な課題となっています。

全社的なAI活用「Bet AI」

LayerXは、「Bet AI」という方針のもと、全社を挙げて生成AIを積極的に活用しています。顧客業務やセキュリティ要件に問題がない範囲で、社内業務にも生成AIを組み込んでいると考えられます。

具体例としては、営業チーム向けの内製ツール「Sales Portal」があり、生成AI機能を統合して営業生産性の倍増を目指しています。

具体的なAI活用施策と成果

Ai Workforceの開発・提供

2024年6月、LayerXは生成AIプラットフォーム「Ai Workforce」をリリースしました。エンタープライズ企業のドキュメントワークを効率化するローコード・ノーコードソリューションで、以下のような特徴があります。

  • 大企業での導入実績: MUFG銀行、三井物産など
  • マイクロソフトとの連携: Azureベースでの開発・営業協力
  • 業務プロセスへの統合: 既存の業務フローにAIを組み込み

4つの専門チームによる支援体制

LayerXは、LLM、コンサルティング、プロダクト開発、BizDevの4つの専門チームにより、大企業の生成AI活用を多面的に支援しています。

  • LLMチーム: 業務に最適化したワークフロー構築
  • コンサルティングチーム: 導入支援とプロジェクト管理
  • プロダクト開発チーム: プラットフォームの機能拡充
  • BizDevチーム: 価値創造とユースケース開発

内製ツールによる社内業務効率化

「Sales Portal」など、社内向けのAIツールを開発し、営業生産性の倍増を目指しています。これにより、自社でも生成AIの効果を実証していると考えられます。

カンファレンス・イベント開催

LayerXは、「生成AI/LLM」をテーマとした大企業向けカンファレンスを開催するなど、市場啓蒙活動にも積極的に取り組んでいます。

この体制が機能する5つの理由

LayerXのAI推進体制がうまく機能している背景には、5つの成功要因があると考えられます。

1. AI・LLM事業部の独立

専門組織として独立させることで、エンタープライズ向けAI事業に集中できる体制を整えている点が成功要因と考えられます。

2. 4つの専門チームによる総合支援

技術、コンサルティング、プロダクト、ビジネス開発の4つの専門チームにより、大企業の複雑なニーズに対応できていると推測されます。

3. エンタープライズ特化戦略

大企業に絞ってサービスを提供することで、高いセキュリティ・コンプライアンス要件に対応し、深い業務理解を実現していると考えられます。

4. マイクロソフトとの戦略的連携

グローバル企業との連携により、技術面・営業面での強力なサポートを得ていると推測されます。

5. 「Bet AI」による全社コミットメント

経営層が「Bet AI」を掲げることで、全社を挙げてAIに投資する姿勢が明確になっており、組織全体の推進力になっていると考えられます。

他社への示唆

LayerXの事例から、以下のような示唆が得られます。

エンタープライズ向けAI事業のポイント

  • 専門組織の独立: AI事業を独立した事業部として推進
  • 4つの専門チーム編成: 技術・コンサル・プロダクト・BizDevの総合支援
  • エンタープライズ特化: 大企業の要件に特化してサービス設計
  • 戦略的パートナーシップ: グローバル企業との連携による信頼性向上
  • 全社的なコミットメント: 「Bet AI」など明確な方針の提示
  • 自社での実践: 内製ツールで効果を実証

事業立ち上げプロセスの参考

  1. フェーズ1: バクラク事業での法人向けSaaSノウハウ蓄積
  2. フェーズ2: AI・LLM事業部の設立(2023年11月)
  3. フェーズ3: Ai Workforceのリリース(2024年6月)
  4. フェーズ4: 大企業への導入拡大(MUFG、三井物産など)
  5. フェーズ5: マイクロソフトとの連携強化

まとめ

LayerXのAI推進体制は、AI・LLM事業部を独立させ、LLM、コンサルティング、プロダクト開発、BizDevの4つの専門チームで大企業の生成AI活用を支援する体制が特徴です。「Bet AI」という明確な方針のもと、全社を挙げて生成AIに投資しています。

エンタープライズ特化戦略により、MUFG銀行や三井物産など大企業での導入実績を積み重ね、マイクロソフトとの戦略的連携により、技術面・営業面での強力なサポートを得ていると考えられます。

他社がこの事例から学べることは、AI事業の独立、4つの専門チーム編成、エンタープライズ特化、戦略的パートナーシップ、そして全社的なコミットメントという、エンタープライズ向けAI事業の5つの柱です。

執筆者

田中 慎

田中 慎

CEO / PM / Vibe Coder

2011年新卒で受託開発/自社メディア企業にWebデザイナーとして入社。1年半ほど受託案件のディレクション/デザイン/開発に従事。2012年株式会社サイバーエージェントに転職し、約4年間エンジニアとしてポイントプラットフォーム事業、2つのコミュニティ事業の立ち上げ・運用に従事。同時に個人事業主としてWebサービス/メディアの開発をスタートし、年間3,000万円以上の利益を創出。2017年株式会社overflowを共同創業者・代表取締役CPOとして設立。2つのHR SaaS事業をゼロから立ち上げ、累計1,000社以上の企業、エンジニア/PMなど3万人以上が利用するサービスへと成長させた。現在はAI Nativeの創業者として、AIと人間の共創による新しい価値創造を推進。